東京銀座ぎゃらりぃ秋華洞

【展覧会】トリを描く・トリを愛でる

絵画を通して自然を愛でてきた日本人。中でも鳥は幸運を運んでくれる吉祥画としても人気があります。
不老長寿の鶴、ふっくらとした姿から豊かさを表す雀、春告鳥として好まれる鶯などおめでたい題材を集めて展示いたします。

展示作家:伊藤若冲、歌川広重、竹内栖鳳、川村清雄、川合玉堂、小原古邨(祥邨)、木村武山、榊原紫峰、宋紫石 ほか

展覧会情報

会期:2019年1月25日(金)~2月3日(日)

場所:ぎゃらりい秋華洞 時間:10:00~18:00 会期中無休 
入場無料 展示販売いたします

竹内栖鳳《竹雀》竹内栖鳳《竹雀》

竹内栖鳳《竹雀》

そのふっくらした姿(福良雀)から豊かさを表す縁起物、また、雀は厄をついばむとして厄除けや家内安全のシンボルともされています。
「わたしの頭の中には始終雀が往来してゐる。(中略)わたしはあのチュ!の声が大好きだ。」と語り、自ら庭に米を撒いて雀を呼び寄せていた栖鳳。「栖鳳雀」とまで称され愛好家を絶賛させた雀でしたが、栖鳳にとってはいくら描いても容易に満足できない画題でもあったようです。
「竹(笹)に雀」の組み合わせは、取り合わせの良い一対のもののたとえ。土に根を張り繁栄を表す「竹」と、厄をついばむ吉兆の鳥「雀」をあわせた目出度い図柄です。

竹内栖鳳

たけうち・せいほう 元治元(1864)京都~昭和17(1942)神奈川 日本画家。本名恒吉。幸野楳嶺の元で絵を学び、のちに京都府画学校(現:京都市立芸術大学)に入学。卒業後は京都市立美術工芸学校(現:京都市立芸術大学)の教諭となり、一方で受賞を重ねる。京都画壇の伝統を継承し、古典からモダンな画題まで幅広く描き、また多数の逸材も育成した。文展審査員、文化勲章受章。



榊原紫峰《桃小禽》榊原紫峰《桃小禽》

榊原紫峰《桃小禽》

円山四条派の写生画を会得された榊原紫峰。紫峰の庭には禽舎が多数あって、多くの鳥を愛でては日々観察していたといいます。その徹底した写生から生まれた鳥ですが、生き生きとしていながら、叙情的であり絵画的美しさに昇華されています。
不老長寿や繁栄を表す桃の木にとまったのは、青い背中と真っ白なお腹のコントラストが美しいオオルリ。オオルリはコルリ、ルリビタキなど共に、日本の「青い鳥」御三家の一つ。「幸運の青い鳥」にぴったりな一羽です。

榊原紫峰

さかきばら・しほう 明治20(1887)京都~昭和46(1971)京都 日本画家。竹内栖鳳の元で画を学び、京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)卒業。旧文展で注目を浴び、国画創作協会を結成。のちに母校の教授として教育にも携わり、後進の指導にも貢献した。日本芸術院賞恩賜賞受賞。



広重《六十余州名所図会 伊豫 西條》広重《六十余州名所図会 伊豫 西條》

広重《六十余州名所図会 伊豫 西條》

ホイッスラーの作品に「紫と金の奇想曲 金屏風」(フーリア美術館蔵)があるが、画中の女性が手にしているのがこの浮世絵です。手前から白帆、落雁、石槌山を描き重ねています。六十余州名所図会は嘉永6年(1853)7月から安政3年(1856)の4年間に渡り制作されています。

歌川広重

うたがわ・ひろしげ 寛政9(1797)~安政5(1858)浮世絵師。歌川豊広に師事。透視図法を取り込んだ巧みな画面構成、遠近の対比などによって描かれた名所絵は海外でも高い人気を誇る。代表作に《東海道五十三次》《東都名所》《名所江戸百景》等。

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小原古邨(祥邨)《柳と白鷺》小原古邨(祥邨)《柳と白鷺》

小原古邨(祥邨)《柳と白鷺》

鷺は神の御使いとも言われ、縁起良い鳥です。『五穀豊穣』のシンボルとも。 小原古邨は明治後期に版元・大黒屋松木平吉のもとから多くの花鳥版画を出版しました。その多くは海外で販売され好評を博していました。大正元年に「古邨」より「祥邨」い改号。昭和元年からは渡辺版画店より「祥邨」名義で版行するようになりました。祥邨作品の特徴はそれまでの日本画的な表現に対して華やかな色彩表現やざら摺りなど先取の技法をとりいれています。

小原古邨

おはら・こそん 明治10年(1877)~昭和20年(1945)日本画家、版画家。画号は古邨、祥邨、豊邨。鈴木華邨のもとで日本画を学んだのち、肉筆花鳥画を制作。その後フェノロサのすすめにより、輸出用の木版花鳥画も手がける。叙情的かつ繊細に描かれた花鳥画や、ユーモラスな表情をとらえた動物画は、当時ヨーロッパで特に評価された。

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