店主 田中千秋の美人画コラム
2019-06-26店主 田中千秋の美人画コラム
11 鏑木清方(かぶらぎ・きよかた)

この「美人画」コラムの冒頭で、福富太郎さんが僕の心の師匠であることを述べた。

その福富太郎さんと縁が深いのがこの鏑木清方(かぶらぎ・きよかた)だ。

たぶん、もっとも福富さんが敬愛し、親しみを持っていた画家であったと思う。
関連リンク:美人画コラム 序章

先のコラムでも述べたように、「美人画」というものを、崇高なジャンルにまで押し上げたのは間違いなく上村松園(うえむら・しょうえん)だが、美人画という存在に暖かな血を通わせたのはこの、なんといっても鏑木清方だ。

松園の女たちは美しい。だがその美しさはまるで処女のようだ。硬くて、張り詰めていて、壊れやすく、触れてはいけない緊張感がある。

だが、清方の描写する女は、少し、ゆるい。

彼の筆には遊びが有り、ときには線が崩れることさえある。だが、生きている女の生活の匂いがある。だから、正直に言えば、私が親近感を覚えるのも清方だ。そうそう、清方は東京、松園は京都を代表している、という事もある。雅な文化の中心は京都かもしれぬが、どっこい江戸ッ子の粋も見ておくんなせい。

明治から昭和の時代に生きて、江戸・明治の風俗をしばしば画題にした点はこの二人に共通だが、同時代の女性たちを、お芝居も含めて、より深く愛情を込めて観察していたのは清方だったと思う。都の風景や市井の風俗に溶け込んで文学性とも深く馴染みのあるのが清方の世界だ。

代表作のひとつ、「築地明石町」の女性を見てみよう。この黒い羽織を着た女は、髪型を見ても、瞼に書き加えられた線を見ても、もう若くはないのは明らかだ。だが振り返って後方を見る眼差し、きりりと結んだ唇に、経験を経た女の意思と確かな存在を感じさせる。慎重に描かれたおくれ毛が、生活感と同時に色気をはらんでいる。浮世絵美人など、それまでの抽象化された「美人」ではなく、特定の「個」に、美人画が出会った瞬間が、まさに、この作品ではなかったか。
この絵には具体的なモデルがいたと伝えられているが、清方の筆は特定の個を与えられた時に、特に冴えて、ハッとする存在感を描き出す。

清方は、大型作品が主流となった展覧会芸術のあり方には厳しい意見を持っていて、身近な美として愛でるあり方が本筋と見ていたという。若いときは小説挿絵を中心とした清方は単に女を描くのでなく、どのような背景や物語の中に女を描くべきか熟知していた。大味な美術を否定していたのはそうした細やかな目配りを忘れた虚仮威しの大画面に本当の美はないと信じた清方の生き方が現れていたのだろう。

そんなわけで、福富さんの愛したのも、西の松園ではなく東の清方だったわけだ。

清方の仕事を何度も見直す事で、本当の美人画の世界は、見えてくる。

秋華洞店主 田中千秋プロフィール

秋華洞として二代目、美術を扱う田中家としては三代目にあたります。美術や古書画に親しむ育ち方をしてきましたが、若い時の興味はもっぱら映画でした。美術の仕事を始めて、こんなにも豊かな美術の世界を知らないで過ごしてきたことが、なんと勿体無い日々であったかと思います。前職SE、前々職の肉体労働(映画も含む?)の経験も活かして、知的かつ表現力と人情味あふれる、個人プレーでなくスタッフひとりひとりが魂のこもった仕事ぶり、接客ができる「美術会社」となることを目指しています。