2025-09-02特集
ギャラリートーク 南岳杲雲 × 山本尚志 × 田中千秋 「ART SHODOの現在地 ― 書は進化しうるのか?」
ギャラリートーク 南岳杲雲 × 山本尚志

 

(写真は左から山本、田中、南岳)

銀座ぎゃらりい秋華洞にて8月23日に開催したギャラリートーク「ART SHODOの現在地 ― 書は進化しうるのか?」をここにまとめておきます。

展覧会とギャラリートークの案内はこちら

当日は50名近くの多くの方にご来場いただきました(入りきれず失礼いたしました)

南岳杲雲氏と山本尚志氏という伝統と現代性をそれぞれ背負う二人と、会場で交わした議論と来場者からの質疑応答を中心に、今回の展覧会「ゼロ書道」に込めた意図、作品解説、そしてこれからの書の可能性について整理しました。

開会の挨拶と登壇者紹介の場面

展覧会「ゼロ書道」と今回の趣旨

今回の展覧会タイトル「ゼロ書道」は、原点への回帰とそこからの再出発を示すコンセプトです。普段それぞれの作家が展開する現在形の作品群から一歩退いて、原点となる「書」とその根源的な意味や身体性に向き合うことを意図しました。私は企画者として、書の持つ言語性・造形性・コンセプト性の三つを結びつけることで、より広い層に届く「ART SHODO」を目指したいと考えています。

登壇者と紹介

  • 南岳杲雲(書家・篆刻家・住職):伝統教育と宗教儀礼の背景を持ちながら、現代に向けた新しい書表現を模索する作家。葬送や教育の現場経験が作品に深い起点を与えています。
  • 山本尚志(アート書道家):ギャラリーでの長年の経験を経て、カタカナや日常語を用いた言語的作品を展開。コンセプチュアルな視点と現代美術の参照を積極的に取り入れます。
  • 私(田中千秋、ぎゃらりい秋華洞代表):企画者として展示の場を提供し、作家と対話しながら「書」の外側に向けた発信を試みました。

山本尚志氏が自己紹介する場面

各作家の提示した「ゼロ」のかたち

山本尚志:記憶・日常語・一字書の再考

山本さんは「物に名前を書く」という長年のテーマを踏まえつつ、今回メインビジュアルとなった作品〈底〉について個人的なエピソードを語りました。

「これが自分のどん底を示した作品で、母の死を経て『入り口と出口と蓋とそこ』という一連の構成に落とし込んだ。」

また、幼少期の体験(車内閉じ込め事故)や、父親の仕事にまつわる話を起点に、「うごく木」という言葉が個人経験や作家の生き方とどう関連するのかを説明しました。

また、山本さんは本来封印してた「一字書」という形式をあえて採ったことや、過去の書の流れを踏まえつつも、自分の腹の内から出る言葉をまず大事にする姿勢を強調しました。

山本尚志氏が作品『そこ』について語る場面

南岳杲雲:葬送の現場から見える「根源」と「丸・三角・四角」

南岳さんは住職としての経験を基盤に、「根源」「足」といったシリーズを紹介しました。葬儀の仕事を通して、人がどこから来てどこへ帰るかという原点性に強く触れてきたことが、今回の「ゼロ」解釈につながっています。

「人は土から生まれ土へ返る。腹(お腹)が原点だ。そこがゼロのスタートだ。」

メインビジュアルである「胎」の作品にかんして、文字のかたちに対する独自の解釈を示し、「月」の字が月ではなく“肉”を意味しているといった古字としての本来の意味を語り、さらに、「丸・三角・四角」という形態的要素を作品に落とし込むことで、視覚的な根源性を語りました。

南岳杲雲氏が『根源』の文字や刻みについて説明する場面

二人の対比と共通点

山本氏は言語的・概念的な現代アートの参照を多く取り入れる一方で、南岳氏は文字の身体性や歴史性、そして宗教的文脈を重視します。両者ともに「伝わること」を重視し、ただ装飾的に書くのではなく、言葉の意味や背景を深掘りして作品に落とし込む点で共通していました。

書と「言葉」の力:市場と伝達

トークでは「伝わる力」が作品の価値や市場性に直結するという議論が繰り返されました。相田みつをの例などを出しながら、文字の形や構成だけでなく、読む人の感情に届くメッセージ性が重要であると考えています。

「言葉の力と字の力とアートの力、この三つを掴めば、一枚がもっと強い存在になりうる。」

実際に現代アート市場では、伝わる作品が高い評価を受ける傾向にあり、書の世界でも同様の視点が必要だという点が強調されました。

若い世代、教育、そして日常の提案

会場からの質問も多く、特に「若い人にどう<書>でアートを伝えるか」「教育の現場で何を残していくか」が熱心に議論されました。両氏とも教育現場での指導経験があり、次のようなメッセージを発しました。

  • 言語アートとしての自由度を認め、まず「やってみる」ことを促す。
  • しかし同時に、手紙を書くなど日常の行為を大切にすること。いざという時の筆文字の力は強い。
  • 伝統的な技法や古典の文脈を踏まえつつ、現代的な表現への応用を探るべき。

「紙にただ字を書いただけでもアートになる。まず始めてみてほしい。」(山本)

会場からの質問が始まる様子

質疑応答で出た主要なトピック

  1. 書と現代アートの接続:コンセプチュアルな参照と伝統技法の融合の可能性。
  2. 市場性と伝達:「伝わる」作品が市場を拡大する。言葉の選び方が鍵。
  3. 教育と継承:手紙や書き文字の習慣が薄れている今、教育での実践の重要性。
  4. 国際展開:中国・台湾など漢字文化圏での受容性と翻訳の可能性。

山本尚志氏が《夢》シリーズについて語る場面

まとめとご案内

今回のトークを通じて再確認したことは、書は「進化しうる」ということです。ただしその進化は、単なる様式の転換ではなく、言語性・身体性・社会性の三位一体を深めることで実現されます。私たちギャラリーとしては、書の原点に立ち返りつつ、現代美術的な視座と結びつける機会を今後も作っていきたいと考えています。

展覧会「南岳杲雲 × 山本尚志 二人展『ゼロ書道』」は、2025年8月20日〜9月2日まで銀座ぎゃらりい秋華洞で開かれました。おいでいただいた方は、それぞれの「ゼロ」に触れられたのではないでしょうか。

また、ご質問や作品に関するご相談は当ギャラリーまでお気軽にお寄せください。

クロージングの挨拶、トークショー終了の場面

トークショウへのご来場、多数いただきありがとうございました。また会期中は本当の多くの方においできただきました。まことに、ありがとうございました。ぎゃらりい秋華洞・田中千秋